皆殺しのタンヴァリン

シナリオライターのカルロス修之介です。

映画『ミスト』(ネタバレありです)

 俺はやはり”人でなし”だった!!

 まだ『ミスト』を観てない人で
 興味のある人はぜひ先に映画をご覧になってください!

 俺も多少は映画を観てきたと思ってたけど
 こんなショックの受け方をしたのは初めてでした。

 先日は冗談まじりに夢の話を書いたけど
 俺は本当に”人でなし”だった・・・。


・なぜそう思ったのか。

 最後のシーンまでみた俺の感想。

   こういう事もあるよな・・・仕方が無い。
   で、真相は?

 だった。

 これが後々にショックへと変わった。

 なぜなら、俺のこの感想は
 わかったフリをして何もわかってなかった証拠。
 ただ自分が生き残りたかっただけの意見だったからだ。

 ”O・ヘンリーが好きな俺は、
  こういう人生の行き違いは仕方が無い、理解しているよ。”

 そんな滑稽な訳知り顔をかましていたに違いない。

 だが、その思考は”教信者を信用するエキストラ”と変わらなかった。
 ”主人公についてって惨殺されるエキストラ”と
 何も変わらない事に気づかされてしまった。


・どうショックだったのか。

 先日冗談交じりに夢の話で
 自分の事しか考えないって書いたけど
 本当にそうだった。

 あの最後を見ても
 自分が助かる事だけしか考えていない。

  だって理解できない異常事態が起こってるんだから
  こういう事をしてしまっても仕方が無いよね?

 そう言って人を殺してしまいかねない。

 目の前で起こった”他人の悲劇”よりも
 自分が納得できる事柄にだけ興味をもってる。

 仕方がないよねと優しいふりをして
 もし自分がそれをしてしまった時に
 許してもらおうとしている。

 俺はこの映画で自分の人間性を見せ付けられ
 ショックをうけてしまった。


・望む成就は蚊帳の外で起きている。

 この映画、期待してみると
 たぶん最初の襲撃でガッカリする。

 今思うとワザとなんじゃないかってほど
 チープにみえるのだ。

 ところが、最初はチープに見えた異形が
 段々恐怖に変わる。

 ”死ぬ”という事柄に現実味も何も関係ない。
 チープであろうがなんだろうが
 殺される事に変わりは無い。
 そう気が付かされる。


 情けない事に、友人”ミノワ”さんの

  『この世界は皆が間違えていた。』

 という感想を見るまで
 ちゃんと考える事ができてなかった。

 良く映画がどうこう言うくせに
 人の意見に触れるまで
 自分がどういう思考をしてるのかに気が付かなかった。

 怪物の存在にリアリティがあるとかは二の次だった。


  『現実に理解できない事が起こった時に
   君はどうするの?』

  納得できる真相があるんだよね?


  『取り返しのつかない事をしてしまった時に
   君はどうするの?』

  そんな事はいいから真相は?


 そんなトンチンカンな答えを出し続けてしまったのだ。


 仮に真相を知ったところで
 俺の生き死にはそんなに変わらない。

 下手をすればそれっぽい嘘を教えられたら
 それを信じてしまうだろう。

 それでは狂信者についてしまった人間と
 変わらないではないか?

 もっともらしい理由を言われて納得したところで
 なんの意味も無い。

 死ぬ時は死ぬのだ。

  『運が良ければ助かる。』

 俺がこだわってしまった部分の答えは
 たぶんその程度だったんだ。



 この映画は本当の意味で救いが無かったんだ。

  『終わってみなければ気が付かない。』

 それでは映画の中の人物と同じではないか?

  『真実なんて誰も言わない。』

 それをわかったフリをしていただけに過ぎなかった。



・自分はどの役だったのか?


 この映画、観た人は何かしらの役に
 結びつくのではないだろうか?
 そして困った事に、どの役を選び取っても
 ほぼ良い結果が得られない。


 俺は軍人の言った『突拍子もない理由』を
 鵜呑みにしてしまった。

   そんなバカな理由かよー。
   真相があるんだろ?

 そう思考を捕らわれてしまった。
 ”聞いた話を否定する事で自分は考えている”錯覚に陥った。

 問題は”現実にそれが起こってる”事なのに
 それが見えてない以上死ぬ確立は高い。
 何も解らないまま死ぬ事に変わりは無い。

 俺は只のエキストラに他ならない。


・ではどの役なら良かったのか?


 本当に何もしなかった人、考えなかった人が生き残る皮肉。

   無理な事をせず、出来る事をするのがチャンス?

 無謀だと思われた彼女が助かった。
 いわゆるハリウッド映画的主役は彼女の方だった。

   無謀な献身が存命のチャンス?


 原作がクトゥルーのオマージュだと言う話もあるので
 もっと別の意図や解決があるのかもしれない。


   解らない。
   全ては霧の中なのだ。



・最後に立っていた自分


 霧が晴れた時、
 自分がどんな場所でどんな顔をして立っていたのか
 それを思い知らされる映画だった。


   ちくしょうううう!!!

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